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〔町名の由来〕
厚岸の語源については納沙布日誌によれば「厚岸は同場所の惣名と成とも本地の所は潤の北岸に在地基訳土人が衣服になす木皮を剥に多しとの儀にて本名アツニケウシ」とアツニケウシの転訛説をとっており、蝦夷風俗彙纂も「厚岸は夷語アッケウシなり。アッはあつし皮、ケは剥、ウシは所なり」とアッケウシの転訛説で大体前同様である。また「アツケシとは牡蛎の場を意味し牡蛎の漁場に因めるものなり」との説もある。

〔町章の由来〕
片仮名のアの字を図案化により
1.全体を丸でまとめて全町民の融和と協調を希い、
2.大空を指向する鋭角による三角型は将来への躍進の意気を示す。
3.三個の丸を重ねて農林、水産、商工の産業を意味し、
4.巴は厚岸湾形の象徴による郷土愛の表現である。

〔町の歴史〕
古来東北海道におけるアイヌ民族の首都として遠く源を発し、その開発は、およそ約300年前の寛永年間に幕府が厚岸場所を開設して以来、運上屋の所在地として松前藩の直領となった時から始まる。
文化元年(1804)徳川幕府は、外敵防護と夷人慰撫のため厚岸に国泰寺、有珠に善光寺、様以に等樹院のいわゆる「三官寺」を建立した。その後幾変遷、明治2年(1869)蝦夷は北海道と改称され、それから佐賀藩の移民、屯田兵の入地、その他の移住があって順次戸口を増し、明治33年一級町村制の施行とともに厚岸町が誕生して今日に至っている。
この間、昭和30年太田村南半分を編入合併し、新町建設計画をたて、町の進展施策をすすめ、特に第三種漁港の整備、酪農業の推進、教育文化の充実など限りない躍進を続けているが、これを顕著にしたものは、厚岸大橋の実現である。


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